「米国は間違った軌道にはまり込んでいる」―。米CNNが2008年7月28日から3日間にかけて行った世論調査によると、回答を寄せた米国民の76%がこのように考えているという。「正しい軌道上を走っている」と回答した者は24%にすぎなかった。この11月に迫った米大統領選の本選では、有権者は、「間違った軌道」を走っている米国を救い出す、少なくとも救い出すだろうと思われる候補を選ぶことになる。

 各種調査を総合すると、現段階では、民主党のオバマ上院議員が、共和党のマケイン上院議員に対し、圧倒的に有利に立っている。CNNによれば、戦後の米国史上、「間違った軌道を走っている」という回答が70%を超えた例は3回しかない。1974年のウォーターゲート事件の時、79年の在テヘラン米大使館占拠・人質事件の時、92年の経済危機の時がそれだ。

 ウォーターゲート事件では、共和党のニクソン大統領が前代未聞の辞任、後任のフォード大統領は、民主党のカーター氏に選挙で敗退した、米大使館占拠・人質事件の際は、カーター大統領が落選し、共和党のレーガン大統領が誕生した。92年の経済危機では、湾岸戦争に勝利しながらブッシュ(父親)大統領が処理を誤って落選、民主党のクリントン大統領誕生となった。

 要するに「間違った軌道上を走っている」という回答が70%を超えた時、米国民は、政権の交代を必ず望み、共和党から民主党へ、もしくは民主党から共和党へという選択を行っているわけだ。間違った道を走っているなら、それを正してくれる大統領候補を選ぶ、正してくれるだろうという期待を抱かせる候補に投票するという至極真っ当な論理がここには働いている。

 米国の連邦予算は、クリントン前大統領の時は好景気が続き、98年から4年間連続して黒字だった。ところが、息子のブッシュ大統領がホワイトハウスの主となってからはこれが逆転。大型赤字の連続で、連邦予算の累積赤字は史上最高の9兆5000億ドルにまで膨れ上がった。07年8月から始まったサブプライム・ローンの破綻拡大と原油価格の急騰が、最終的にブッシュ政治にとどめを刺した。ネオコン型政治は、銭の問題の処理をついに果たすことができなかったのである。

 イラク戦争の評価は定まっていない。「テロとの戦い」に関する立場が違えば評価が変わってくるからである。が、07年夏に1バレル当たり70ドル前後だった原油価格が、2倍以上の140ドル超となると、、一般の米国民が「イラク戦争は間違った軌道上で行われている戦争であり、これが今の原油価格高騰を招いて家計を直撃している」と考えるに至るのは当然である。しかも、ブッシュ政権は高騰を抑える有効な手段を持ち合わせていないときた。

 マケイン議員は、今後の選挙戦を、ブッシュ政権と距離を置いて、さらには否定する形で戦わなければ、少なくとも経済の局面では、同じ未知数とはいえ、オバマ議員に「期待感」という側面で勝ち目はない。ブッシュ大統領にはあと半年しか残されていない。このままでは無為無策のまま経済を失速させた大統領という歴史的評価を甘受せざるを得まい。フーバー大統領が経済大恐慌に翻弄されて政権を去った70年前のように。

 忙中閑あり、米大統領選。が、その中で、勢いに乗るオバマ上院議員。民主党大統領候補に確定しているこの黒人政治家の外交政策が、少しずつ体を成してきたようだ。同議員は15日、ワシントンで外交・国家安全保障の重要政策で演説。イラク戦争を「責任アル形」で可能な限り早急に終結させ、国際テロ組織アルカイダ、アフガン反政府武装勢力タリバンとの戦争を「絶対に勝たなければならない戦争」と規定した。「オバマ政権」が誕生したあかつきには、米国が先陣を取って進める「テロとの戦い」は、より純化された形で継続されることを公言したわけだ。

 オバマ議員は、「切りがないイラクへの固執は正しい戦略ではない」とブッシュ政権を批判し、戦略の転換が必要だと強調。自分がホワイトハウス入りした場合に追求すべき5つの目標として、1)責任ある形でのイラク戦争終2)アルカイダやタリバンとの戦いの完遂3)テロリストやならず者国家からの核兵器や核物質の防護4)エネルギー安全保障の確立5)21世紀型の同盟再構築-を挙げた。イラン核に関しては、イラク指導部と対話を行う考えは既に示しているが、これが「オバマ政権」の軟化路線ではないことを示した。

 イラク戦争の「責任ある形での終結」に可能性を与えたのは、ほかならぬブッシュ共和党政権である。この21日、中東・欧州歴訪の一環としてイラクの首都バグダッドを訪問したオバマ議員は、これまでの米軍増派反対というかたくなな姿勢を変え、米軍増派がイラクの治安回復に大きく寄与したことを認めた。泥沼の内戦状態下にあるイラクからともかくも足を洗うという従来の主張から、イラク国内の治安はイラクの国軍にゆだねるという具合に微妙にシフトしたのである。要するに、これまで全否定しきたブッシュ政権のイラク政策を評価したわけだ。

 オバマ議員は25日、パリのエリゼ宮(大統領官邸)でサルコジ仏大統領と会談。サルコジ側はオバマ議員を現職の米大統領並に厚遇した。会談後には共同記者会見の場まで設定した。サルコジ大統領は「オバマ氏が当選すればフランスは喜ぶだろう」と事実上のオバマ支持を表明。オバマ議員は、フランスが介入に強く反対したイラク戦争には触れずに、イラン核問題やアフガン増派などで米仏両国が連携を強化していくことを確認、「イランはサルコジ大統領と欧州連合(EU)が示す提案を受け入れるべきだ。(米国の)新大統領誕生を待つべきではない」とイラン側の迅速な対応を促した。

 オバマ議員のこのような微妙なシフトは、共和党の大統領候補に確定しているマケイン上院議員も再三にわたり指摘しているが、オバマ議員の勢いをそぐまでには至っていない。この24日に行われた訪問先のドイツ・ベルリンの「戦勝記念塔」前におけるオバマ議員の演説には、何と20万人のドイツ国民が集まった。このオバマ演説について、ドイツ公共放送ドイチェ・ウェレは「オバマ氏は異例にも、大統領選を米国の外へもち出し、世界にアピールできる指導者であることを人々に印象付けた」と好意的に評価。

 次期米大統領としてのイメージに関しては、オバマ議員がマケイン議員を圧倒している。

 米大統領選をこの11月に控え、イラク情勢をはじめとする中東情勢は実に茫洋としてつかみどころがなくなった。ブッシュ政権は既にレームダックだし、次がバラクになるのかマケインになるのかは、実は不倶戴天の敵イランも含めて全中東の独裁者、政治家が注視するところだからだ。

 まずパレスチナ問題。中東和平に向けた日本とイスラエル、パレスチナ、ヨルダンによる「第3回閣僚級4者会合」が2日、外務省飯倉公館で開かれた。日本が提唱する和平支援策「平和と繁栄の回廊」構想を2009年早期に着手することで合意し、中東の安定に向け4者が連携を深めていくことで一致した。

 出席したのは高村正彦外相、エズラ・イスラエル環境相、パレスチナ自治政府のアブドラ労働相、バシール・ヨルダン外相。会合で高村外相は「中東和平には、イスラエルと共存共栄するパレスチナ国家建設が欠かせない」と述べ、同構想の実現を通じたパレスチナの自立の必要性を強調。

 「平和と繁栄の回廊」構想とは、現在パレスチナ解放機構(PLO)主流派ファタハの勢力下にあるパレスチナ自治区ヨルダン川西岸に農産業団地を建設し、周辺諸国との物流活性化でパレスチナの自立を図るもので、日本が政府開発援助(ODA)で支援する。北海道洞爺湖サミットで、この4者会合の結果は報告されている。

 だが、わざわざファタハ支配下のヨルダン川西岸とことわらざるを得ないところにパレスチナ問題が置かれた抜き差しならない状況がある。もう一方のパレスチナ自治区であるガザ地区は、ファタハを武力で追放したイスラム原理主義組織ハマスが実効支配しているからだ、パレスチナ人自身が自助努力でこのファタハとハマスの抗争に何とか区切りをつけない限り、とてもではないが「平和と繁栄の回廊」は無理。せいぜい「白骨回廊」が出来上がるだけだ。

 次はイラク問題。駐留米軍が現在行っている治安維持活動を、編成が完了に近づいている新生イラク軍が引き継ぐことは規定の事実だが、これがすんなりいくかどうかだ。駐イラク多国籍軍治安移行部隊司令官のジェームズ・デュビック米陸軍中将は9日、米下院軍事委員会の公聴会で証言し、米地上部隊によるイラクでの治安維持任務が「09年半ばまでにほぼ完了する」と証言。

 同司令官はまた、イラク軍への治安維持任務の移行が09年の第1四半期から開始され、2012年には完全移行が達成される、と断言した。米陸軍高官がイラク治安維持任務の終了見通しについて言及したのは初めて。米国の次期大統領が誰になるにせよ、4000人以上の戦死者を出している「テロとの戦い」の最前線であるイラクにおける米軍の軍事行動が12年には終わるということだ。

 国際テロ組織アルカイダ指導者のビンラディン、ザワヒリ副官の行方はようとして判明しておらず、その殺害もしくは拘束にブッシュ政権は最後の努力を注ごうが、次期大統領も頭を悩ますことは避けられない。米国をはじめとするG8首脳はこの21世紀の犯罪について共同歩調を取らなければならない。

 北朝鮮が核計画申告書を提出し、これを受けてブッシュ大統領が6月26日、北朝鮮に対する経済制裁を撤回し、「テロ支援国家」指定を解除する手続きに入ったのに対し、「悪の枢軸」のもう一方の片割れであるイランの核問題は進展薄。ライス米国務長官は10日、ミサイル実験を9日実施したイランに対し、「われわれは米国や同盟国の権益を守る」として、「イランの脅威を防ぐ手段」として、ミサイル防衛(MD)網の整備などに努める考えを改めて強調。

 グルジア訪問の際の記者会見で語ったもので、AP通信によると、ライス長官はMDが運用されることになれば、「イランのミサイルは役に立たなくなるだろう」と述べ、MDの意義を指摘。また、フラトー大統領副報道官は同日の記者会見で、「ウラン濃縮と挑発的な実験は、イラン国民をより孤立させるだけであり、中止するよう求める」と語った。無論、イランが「はいそうですか」と応ずる気配はさらさらい。

 要するに、米大統領選を控え、中東情勢は、日々の推移はあるものの、突破口を開ける能力を持った主人公がいないという状況だ。すべてはバラク待ち、もしくはマケイン待ちといったところだ。

 7日から11日までの北海道洞爺湖サミット(主要国首脳会議)。議長を務める福田康夫首相にとっては、政権浮揚をかけた真剣勝負の檜舞台。原油や食料の高騰という国際的危機の打開に向け討議をいかに主導し、強いメッセージを打ち出し得るのか。北朝鮮の日本人拉致問題について、議長総括には当然盛り込まれるだろうが、特別文書としてG8(主要8カ国)の総意として北鮮へ圧力をかけることができるのか。

 かつて、当該国の最高指導者が、国の命運をかけて敵対国の最高指導者と膝詰め談判したり、同盟・枢軸国同士の支配者が、それぞれ仲間内の秘策を練ることが可能な時代があった。「巨頭会談」「頂上会談」という言葉が、文字通り並ぶ者なき巨頭同士の話し合いであり、実権を握っていると自他ともに認める最高権力者同士の激突の場であった時代があったのである。

 この意味では、第2次大戦後終結に向けた連合国間の協調態勢のありよう、戦後の道筋を定めたルーズベルト、チャーチル、スターリンのテヘラン会談(1943年)は、まさに「巨頭会談」であり「頂上会談」である。彼らの足取りは、良くも悪くも歴史として刻み込まれ、永久に不滅である。いつの頃からか、「巨頭会談」も「頂上会談」も使われなくなった。そしてサミットの時代となる。主要国間の紛争解決の手段としての戦争が消えて久しく、もはや巨頭の存在も、頂上に頼ることも必要なくなったからだろう。

 あらゆる情報が瞬時にして世界中を駆け巡る時代。政治家の私生活から性癖、そのたもろもろまで、いながらにしてお茶の間どころか自分の机の上で知ることができる。政治家の周囲から、神秘性、カリスマ性が取り払われ、単なるエンターテインメントの一手段でしかなくなる。各国の政治とも、官僚がつくり出す書類のなれの果てでしかなくなった。どれもが予想の範囲内となる。

 しかし、これだけは言えるだろう。互いに膝をつき合わせて、直接目と目を合わせて話し合うことは、こういった時代でも絶対に必要だ。並ぶものなき不滅の政策・方針を紡ぎ出す必要は、少なくとも主要国間で民主主義が成熟した現在では、もはやあり得ないが、「同じ釜の飯を食った」間柄として、余計な摩擦、意見の相克を回避することが可能だからである。サミットが、「テレビ会議」にとって代わられることはないだろう。

 で、議長の大役に当たる福田首相。父親の故赳夫元首相は1979年、故大平正芳元首相に自民党総裁選で敗れ、日本で初開催の東京サミットを目前に政権を追われた。「首相はサミットを成功させることで、父の無念を晴らしたいという思いが強い」と指摘する向きもある。

 幕開けを翌々日に控えた5日は父の13回目の命日だが、首相を駆り立てているのは「情」だけではない。その一方で、与党内では、サミットを花道として、次期衆院選は「ポスト福田で」という空気が暗黙の了解として漂っているともいわれる。

 また、拉致問題は、米国が北朝鮮に対するテロ支援国家指定解除に踏み切り情勢が変わった。拉致問題で、サミットとして何らかの協調態勢が取れなければ、福田首相の指導力は地に落ちる。

 俗物極まりない凡庸な政治家が、自分のポストの任期がまもなく切れるのを控え、何とか後世に語り継いでもらえるものはないかと腐心し、これまた俗物極まりない稀代の独裁者が、自分の命が残り少ないことを考え、何とか自らの王朝を守ろうと頭をひねった結果が互いに結び付いた―。北朝鮮核をめぐるブッシュ米政権と金正日の北朝鮮が己の利益を追求して生まれたのが「北朝鮮の核計画申告書提出」である。

 東京都の石原慎太郎知事は27日の定例記者会見で、米政府が北朝鮮へのテロ支援国家指定を解除すると発表した問題について「米国は(拉致被害者を)忘れないというが、結局アメリカは逃げた。日本人は無視された」「米国が『拉致問題忘れませんよ、忘れませんよ』ってね、猫なで声で言ってもらってもね、そんなもの誰だって満足しない」とこの動きを痛烈に批判。

 国内のメディアを総なめにしたニュースの概要は次のようなものだ。もっとも、これは、石原知事が喝破したごとく、実は誰もが予想していたことなのである。畢竟、外交は自国利益、権益の追求の延長線上にあって、それ以外の何ものでもないということである。

 中国外務省は26日、北朝鮮が核問題をめぐる6カ国協議の合意に基づく核計画申告書を提出したと公表。これを受けてブッシュ大統領はこの日、北朝鮮に対する経済制裁を撤回し、「テロ支援国家」指定を解除すると言明。この指定解除は直ちに議会に通告されて、通告から45日で発効。1988年から約20年間にわった米側の指定解除で、米朝関係は、将来的な正常化に進むことになる。

 韓国政府当局者によると、核計画申告書は約60ページ。1)核施設リスト2)プルトニウム抽出量とその使途3)ウラン在庫量―が盛り込まれている。しかし、肝心要の核兵器に関する情報は含まれていない。2007年10月の合意で、北朝鮮は同年末までの核施設無能力化と核計画申告を約束したが、北朝鮮が申告されるべき内容に種々の難癖を付け、履行が遅れていた。

 米政府は今回の申告と、5月初めに北朝鮮から受け取った約1万8000ページに及ぶ寧辺の核施設の稼働記録を照合、核兵器の原料となるプルトニウムの保有総量を検証することは可能と判断。北朝鮮は寧辺の核施設への米代表団の立ち入りを認めており、今後の検証にも協力するとみられる。だが、核兵器製造工場や核実験場の所在などは明らかにされないため、検証も行われない。

 その一方で、米政府はウラン濃縮活動や海外への核拡散について、申告とは別文書で扱うことに合意済み。北朝鮮がウラン濃縮や拡散をどの程度行っているの特定できていないことから、先送りを認めざるを得なかったからだ。

 福田康夫首相は25日夜、ブッシュ大統領と電話で約20分間会談し、米国が26日にも北朝鮮のテロ支援国家指定解除の手続きに入ることを前提に、拉致問題に関して日米両国が緊密に協力していくことを確認している。しかし、このプロセスが動き出せば、拉致問題は結局のところ日朝固有の問題として取り残されていくのは必至で、日本が困難な立場に立たされることは間違いない。

 結局のところ、北朝鮮の「拉致問題は解決済み」、米側の「拉致問題は忘れない」、日本側の「拉致問題を忘れないでほしい」という音頭の陰で、泣かざるを得ないのは拉致被害者の家族の方だけである。北朝鮮は27日午後5時すぎ、平壌の北約90キロにある寧辺の核施設で、冷却塔(高さ約20メートル)を爆破、今回の外交儀式の「締めくくり」とした。

 この冷却塔は、実験用原子炉(黒鉛減速炉)が稼働する際に水蒸気を排出し、米国などが稼働を確認する「核活動の象徴」だったが、北朝鮮は今回の爆破で「核の無能力化」を国際社会にアピールしたことになる。この冷却塔が現在は使われてない「無用の長物」だったということなどは関係ない。儀式だから爆破を世間に訴えることができればそれでよし―というのが北朝鮮の立場。核の無能力化そのものに関しても、使用済み燃料棒の抜き取りや未使用燃料棒の処理など作業の半分あまりが依然残っているが、現時点でこれがどう処理されるのかは不明。

 金正日は、ブッシュ大統領の任期が半年を切ったことを熟知して持ち駒を提示、己の「偉業」を何とか後世に残そうとしたブッシュ大統領が、ここぞとばかりそれに乗っかたということである。フランスなどは、これを期に北朝鮮との外交関係樹立をほのめかしている。

 では、拉致問題はどうなるのか。国連の潘基文事務総長は28日の就任後初訪日を前に、日本メディアと国連本部で会見。北朝鮮が26日行った核計画の申告を「重要な進歩だ」と評価する一方、日本人拉致問題について「日朝2国間対話を通じ、問題が解決されることを期待する」とだけ述べた。あらゆる国が、日本の主張する拉致問題から手を引き始めた、あるいは既に手を引いたというのが実際のところである。

 拉致問題は日朝問題。俺たちに関係ない―ということである。

WASHINGTON - President Bush said Thursday he will lift key trade sanctions against North Korea and remove it from the U.S. terrorism blacklist, a remarkable turnaround in policy toward the communist regime he once branded as part of an "axis of evil."

The announcement came after North Korea handed over a long-awaited accounting of its nuclear work to Chinese officials on Thursday, fulfilling a key step in the denuclearization process. Bush said the move was "a step closer in the right direction" although he made clear the United States remains suspicious about the communist regime in Pyongyang.

 中国外務省は26日、北朝鮮が核問題をめぐる6カ国協議の合意に基づく核計画申告書を提出したことを公表。これを受けてブッシュ米大統領は同日、北朝鮮に対する経済制裁を撤回し、「テロ支援国家」指定を解除すると言明。この指定解除は議会に通告され、通告から45日で発効する。1988年から約20年間にわった米側の指定解除で、米朝関係は、将来的な正常化に進むことになる。

 韓国政府当局者によると、申告書は約60ページ。①核施設リスト②プルトニウム抽出量とその使途③ウラン在庫量―が盛り込まれている。しかし、核兵器に関する情報は含まれていない。

 2007年10月の合意で、北朝鮮は同年末までの核施設無能力化と核計画申告を約束したが、北朝鮮が申告されるべき内容に種々の難癖を付け、履行が遅れていた。

 米政府は今回の申告と、5月初めに北朝鮮から受け取った約1万8000ページに及ぶ寧辺の核施設の稼働記録を照合、核兵器の原料となるプルトニウムの保有総量を検証することは可能と判断している。北朝鮮は寧辺の核施設への米代表団の立ち入りを認めており、今後の検証にも協力するとみられる。だが、核兵器製造工場や核実験場の所在などは明らかにされないため、検証も行われない見通し。

 なお、米政府はウラン濃縮活動や海外への核拡散について、申告とは別文書で扱うことに合意済み。北朝鮮がウラン濃縮や拡散をどの程度行っているの特定できていないことから、先送りを認めざるを得なかったからだ。

 これに先立ち福田康夫首相は25日夜、ブッシュ大統領と電話で約20分間会談し、米国が26日にも北朝鮮のテロ支援国家指定解除の手続きに入ることを前提に、拉致問題に関して日米両国が緊密に協力していくことを確認している。しかし、このプロセスが動き出せば、拉致問題は結局のところ日朝固有の問題として取り残されていくのは必至で、日本が困難な立場に立たされることは間違いない。

 米誌ニューズウィークが20日公表した大統領選に関する全国規模の世論調査によると、イラク戦争などブッシュ現政権の路線に嫌気した国民の支持を背景に、民主党候補に決まったオバマ上院議員が51%の支持を獲得、共和党候補に確定しているマケイン上院議委員の36%に対し、大差をつけて優勢となっていることが判明。

 この調査は調査は18、19の両日、1010人を対象に電話で行われた。オバマ議員がクリントン上院議員と激しい民主党候補指名争いを続けていた5月末に実施された同種の調査では、オバマ氏とマケイン氏の支持率はともに46%で拮抗していたことから、本選に向けた選挙戦の中でも、オバマ議員の勢いが増していることを浮き彫りにした形。

 オバマ議員のホワイトハウス入りを前提にした行動も目立つ。胴議員は16日、訪米中のゼバリ・イラク外相と電話会談し、11月の本選挙の前にイラクを訪問して現地状況を視察したいとの意向を伝えた。また、自らが当選した場合に、イラク駐留米軍を段階的に撤退させる方針を直接説明した。

 オバマ議員は、大統領就任後16カ月以内にイラクから米軍戦闘部隊を撤退させる方針を公約に掲げているが、電話会談では、ゼバリ外相に対し、「われわれはイラク駐留の恒久化に利益があるとは考えていない。これまでの成果が損なわれないよう拙速な行動は避けるが、戦闘部隊の駐留は終わらせるつもりだ」と明言。少なくとも、現在のような形の米軍駐留はなくなる可能性を示唆。

 さて、涙をのんだクリントン上院議員だが、国民の厭戦気分を背景に勢い付いているバラク議員をどう見るのか。「行く手を阻むガラスの天井を今回は破れなかった。しかし、支持してくれた1800万人分のヒビを入れることが出来た。次はもっと容易に通れると期待できる」「今回、私は目標直前で頓挫した。が、つまずいたとしても、信念を曲げるのはやめよう。周りの者が、お前には無理だ、出来ないなどと言っても、耳を傾けないようにしよう」と先の敗北宣言で断じた彼女。再挑戦の意志は明確だ。

 クリントン議員にとって、ホワイトハウス入りへのシナリオは、1)4年後の次回大統領選に挑戦2)8年後の大統領選に挑戦―の2つがある。前者の場合は、11月の本選でマケイン議員がオバマ議員を破って当選することが条件、クリントン議員が副大統領候補としてオバマ議員とタッグを組もうが組まなかろうが、民主党側が負けることが条件だ。

 後者の場合は、オバマ議員がマケイン議員を破って当選したときだ。当選すればオバマ「新大統領」は当然ながら4年後には再選を習うだろうし、クリントン議員としては、オバマ氏の任期が切れるまで8年間待たなければならない。現在クリントン議員は60歳だが、年齢的にも「8年後」が最後の挑戦となるだろう。

 で、クリントン支持者の間では、11月の本選でオバマ議員がマケイン候補に敗れることを期待する向きが多いという情報が流れる根拠となる。クリントン議員は敗北宣言の中で、オバマ支持で民主党が団結するよう訴えたが、これはあくまで表向き。「つまずきはしたが信念は曲げない」とした彼女。マケインが勝てば4年後、バラクが勝てば8年後の大統領選に出馬するとみた。

 米大統領選民主党候補を確定させたバラク・オバマ上院議員に対する中傷が高まっている。ヒラリー・クリントン上院議員との熾烈を極めた大統領選民主党候補指名争いに終止符を打ったオバマ氏だが、米大統領選は、立候補した本人はもとより、その伴侶や家族、出生、性癖までもが問われる全人格的な国家元首選びの側面を持つ。攻撃されたらやり返すど根性がなければ、とてもではないが人類史上最強国家の頂点に立つことはできない。

 そこでオバマ議員が立ち上げたのが「中傷と戦う」(Fight the Smears)という言われなき中傷に断固反論するサイト。

Fight the Smears

 初の黒人大統領を目指すオバマ氏はミドルネームが「フセイン」。父親はケニア人、インドネシアで育った特殊な経歴などから、指名争いの過程では保守派に「イスラム教徒」と攻撃されたり、米国民ではないとの中傷にされされてきた。特に米国生まれの生粋の米国人ではないといううわさに対しては、出生証明書の写真を掲載、ハワイが米国の州になった1959年8月21日以降の1961年にハワイで生まれたとし、米国憲法修正4条第1項に基づき、米大統領選に出馬していると強調している。

 中傷の矛先は、オバマ議員本人だけではなく夫人のミシェルさん(44)にも向けられ、今年5月30日には、ミシェルさんが教会での演説で、「白ンボ」(whitey)という言葉を使ったというまた聞きのうわさが、保守系ブログを通じて広まる事態となった。サイトでは、ミシェルさんが「白ンボ」という言葉を使っている場面を録音したテープもしくはビデオが存在するという噂に対しては、「そんなテープはない」と反撃。

 この「白ンボ」発言問題はその後、単なる噂の域を越え、保守系FOXニュースなどが上記にYouTube動画にみられるような格好の報道ネタにするようになった。これに対しても、「中傷と戦う」は反論を加えているが、その反論の具体的材料がないのも事実だ。出生にまつわるうわさは出生証明書を見せればぐうの音も出ない。が、そういう発言はしていないということを証明するのは至難の業だ。「そういうテープはない」ということは、反論の材料もまたないということだからである。

 サイトで列挙されたうわさは「オバマはイスラム教徒」「過激なマドラサ(イスラム神学校)に通っていた」など。これに対しては、サイトでは、オバマ議員はイスラム教徒として育てられたことはなく、全くの敬虔なキリスト教徒とし、マドラサに通っていたとの噂に対しては、少年時代をインドネシアで過ごした一時期、キリスト教徒の生徒として一部授業を受けただけととしている。ただ、胴議員は、ミドルネームが「フセイン」で父親がケニア人であることから、今後も繰り返しこの種の人格攻撃にさらされるのは確実。

 サイトでは、米上院でオバマ議員が、「忠誠の近い」(The Pledge of Allegiance) の音頭をとるYouTube動画が掲載されている。

 まあ、これが、オバマ議員が米国の有権者に一番訴えたい米国へ忠誠を誓った政治家としての自分であろう。そして忘れてならないのは、こういった噂和は、保守派だけでなく、オバマ議員と死闘を演じた同じ民主党のヒラリー・クリントン議員陣営からも世間に流されていたということである。

 熾烈を極めた米大統領選民主党候補指名争いが終結した。黒人初の米大統領を目指すバラク・オバマ上院議員(46)は6月3日夜、サウスダコタ、モンタナ両州で最後の予備選が終了したあと、ミネソタ州セントポールで演説し、民主党の大統領候補になったと勝利宣言。今後は共和党大統領候補のジョン・マケイン上院銀(71)との本選に向けた5カ月間の選挙戦に全力を傾注するとした。執拗にオバマ候補に食い下がったヒラリークリントン上院議員(60)は、副大統領候補になる含みを残している。

 オバマ議員と敗れたクリントン議員は5日夜、秘密裏に会談し、「11月の(本選での)勝利に向け、実りある話し合いをした」との共同声明を発表。さらに7日正午(日本時間8日午前1時)には、「撤退」を公式に表明するとともに、本選に向けてマケイン候補に対抗し、オバマ大統領誕生実現のための「党の結束」をアピールした。夫のクリントン前大統領と一緒に進めてきたクリントン氏の政治活動は、1つの節目を迎えたことになる。

 AP通信によると、クリントン氏は5日午後、カリフォルニア州選出で仲のよい女性上院議員、ダイアン・ファインスタイン氏に電話し、「オバマ氏と会いたいので自宅を使わせてほしい」と依頼した。ファインスタイン氏の連絡にオバマ氏は、「いつでもクリントン氏の希望する場所に行きます」と答えたという。会談はファインスタイン氏のワシントンの自宅で午後9時に始まり、2人だけで1時間ほど続いた。会談を終えた2人は「笑って(部屋から)出てきた」(ファインスタイン氏)とされる。

 オバマ氏は遊説先からイリノイ州シカゴの自宅に戻る途中、ワシントンの空港で姿をくらましていた。

 いずれにせよ、早くから党内基盤を固め、従来型の保守政治を踏襲するマケイン氏と、40代というケネディ大統領以来の若さを掲げたオバマ氏の一騎打ちとなるわけだが、両者の最大の違いは外交政策だろう。両氏とも米国の威信回復で一致するが、その手法は「圧力」と「対話」で両極だからである。

 海軍出身で「ベトナム戦争の英雄」のマケイン氏はテロ対策を重視し、敵対国には強硬姿勢であたる立場だ。ただ「軍事力だけでは世界を指導できない」とも考えており、「同盟国の意思を尊重する」と単独行動主義を排する。

 オバマ氏は「敵と話すことができるのが強い大統領だ」と敵対国との直接交渉を掲げる。キューバ危機後、ソ連と交渉したケネディ大統領がモデルだ。国際社会の協力を基軸とし「米国が変わったと世界に思われることが重要」と訴える。

 マケイン氏はオバマ外交を「認識が甘い」と指摘、軍歴がないことも批判している。オバマ氏は軍事オプションを誘発する恐れがあるとして、マケイン氏の強硬路線を批判。「ブッシュ政権を継承した政策」と応戦する。その違いは、対イラク政策でより顕著である。

 オバマ氏は大統領就任後、直ちに駐留米軍撤退に着手し、16カ月以内に段階的撤退を完了させる方針。イラクの治安確保のため、(1)国連を中心とした宗派間、民族間の和解支援(2)イラン、シリアを含めた中東諸国の安定化とテロ組織の孤立化に向けた外交強化―という道筋を描く。まあ、これはオバマ氏固有のというわけではなく、民主党内に多いハト派的な考え方だ。

 一方、「米軍のイラク駐留は100年続くかもしれない」と語ったマケイン氏は、5月15日の演説で「(次期大統領任期中の)13年までにイラクのテロを根絶し、大部分の米兵を帰国させたい」と述べた。一定のメドを提示することで「3期目のブッシュ政権」との批判をかわす狙いもあるが、イラクの安定に米軍の関与が必要との認識は変わらない。マケイン氏は「ならず者国家」との対話には厳しい批判を展開する。世界の不安定要因となったイラン、北朝鮮の核問題に対しては、同盟国との協調を緊密にして外交圧力を形成していくという手法である。

 では、対アジア政策ではどうか。マケイン、オバマ両氏とも日米同盟の重要性を共有している点で変わりはない。ただ、アジア外交で同盟国優先の立場を貫くマケイン氏に対し、オバマ氏は中国を抱き込んだ安保体制構築を掲げるなど、若干の温度差がある。が、これとて、従来からの共和党と民主党の対アジア感の違いと言えなくもない。  オバマ氏は2007年4月、当時の安倍晋三首相訪米前に上院で演説。日米同盟を「戦後の偉大な成功例」「日本がアジアの安定と安全確保を果たすための中核」と位置付け、自衛隊の役割拡大を「普通の国としての印」と歓迎した。

 一方、マケイン氏は「グローバルパワーとしての日本の台頭を歓迎する」と、オバマ氏より踏み込んだ表現で日米基軸を打ち出している。日本の指導力向上によって日米同盟も強固になる、というのが基本スタンスだ。マケイン陣営には、ブッシュ政権の対日政策の中心だったアーミテージ元国務副長官ら知日派が多い。マケイン氏は日本人拉致問題も重視する考えを示しており、ブッシュ政権の対日重視路線が継承される。

 マケイン氏のブレーンには、スコウクロフト元国家安全保障問題担当大統領補佐官やアーミテージ元国務副長官ら現実路線派と、ロバート・ケーガン氏らネオコン(新保守主義者)が共存している。

 陣営内の綱引きもあり、もともとロシアを非民主的として主要国首脳会議(G8)から排除するよう主張していたが、最近、核軍縮交渉を開始すると表明したのは現実派の意向と言われている。ユダヤ系で00年大統領選の民主党副大統領候補だったリーバーマン上院議員(無所属)は側近で、国務長官候補とも言われる。

 一方、オバマ氏の外交ブレーンはクリントン前政権のレーク元国家安全保障問題担当補佐官、ダンジグ元海軍長官ら。カーター政権時代のブレジンスキー元国家安全保障問題担当補佐官も後押ししている。ワシントンに新風を吹き込む」というのが外交政策の発想。だが、核兵器の不使用発言などには外交ブレーンが注意を喚起。敵対国との直接交渉方針も「入念な準備をしてから」と当初からは後退している。

ST. PAUL, Minn. - Sen. Barack Obama of Illinois sealed the Democratic presidential nomination Tuesday, a historic step toward his once-improbable goal of becoming the nation's first black president. A vanquished Hillary Rodham Clinton maneuvered for the vice presidential spot on his fall ticket.

Obama's victory set up a five-month campaign with Republican Sen. John McCain of Arizona, a race between a 46-year-old opponent of the Iraq War and a 71-year-old former Vietnam prisoner of war and staunch supporter of the current U.S. military mission.

 クリントン候補と6カ月にわたり米民主党大統領候補指名争いを演じたオバマ候補は3日夜、サウスダコタ、モンタナ両州で最後の予備選が終了したあと、ミネソタ州セントポールで演説し、民主党の大統領候補になったと勝利宣言。今後は共和党のマケイン候補との本選に向けた5カ月間の選挙戦に全力を傾注するとした。

 執拗にオバマ候補に食い下がったクリントン候補は、副大統領候補になる含みを残している。

 オバマ候補は46歳で、71歳のマケイン候補に比べると圧倒的に若い。