記憶の彼方から呼び出してみる都市伝説は。。。

| | コメント(0)
このエントリーをはてなブックマークに追加 Save This Page to del.icio.us このエントリーをlivedoorクリップに追加 このエントリーをニフティクリップに追加 このエントリーをBuzzurlに追加 このエントリーをFC2ブックマークへ追加 このエントリーをYahoo!ブックマークに追加 このエントリーをイザ!ブックマークに追加

 プードル羊の一件に絡み都市伝説を調べていくうちに、「死体洗いのアルバイト」というのに行き着いたが、これは大学時代に聞いたことがある。個人的には、かの「口裂け女」やその他有名どころの都市伝説、怪談のたぐいを誰かから聞かされたという経験がない。が、「死体洗いのアルバイト」は大学時代に所属していた部活の先輩から聞かされた。

あなたの隣の「怖い噂」―都市伝説にはワケがあるあなたの隣の「怖い噂」―都市伝説にはワケがある
宇佐 和通

学習研究社 2002-07
売り上げランキング : 102544
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
 昭和43(1968)年頃のことだから、ジョンソン政権がベトナム戦争で置かれた米国の立場、要するに「どうやっても勝ちそうもない」ということを自覚し始めた時代だ。街では学生たちのベトナム反戦デモが吹き荒れ、機動隊と衝突を繰り返していた。小生が聞いたのは、町中の病院が舞台ではなく、福生かそこいらの、要するに米軍・横田基地での話。戦場で死んだ米軍兵士の死体が横田基地に運ばれ、そこから遺族に引き渡されるため本国に向かうのだが、その死体を洗うバイトがあるというのが話の要諦。

 戦場で死んだ兵士だから五体満足の死体はない。首がなかったり、手足がもげていたり、内蔵が飛び出していたりと酸鼻を極めた遺体ではあるが、とにかく銭になる。で、「お前もどうだ?いっちょうやってみたら」という決まり文句で結ばれる。具体的な報酬の額は聞いたことがない。誰かがやったことがあるという話でもなかった。

 ベトナム戦争はテト攻勢などもあって、ますます激化の一途をたどっており、遺体が横田基地に運ばれてきても不思議ではない。だが、米国は、朝鮮戦争やベトナム戦争での行方不明米兵(MIA)を未だに探し続けている国だ。国家に殉じた将兵の取り扱いについは極めて厳粛なものがある。遺体の洗浄をアルバイトに任せるわけがあるまい。が、当時はあるかもしれんと考えた。気持ち悪いというのが先にたったが。。。

 これも今考えてみると都市伝説であろう。インターネットなどはなかったから、先輩から後輩へと口づてで受け継がれてきたものだろう。「死体洗のアルバイト」で久方ぶりに思い出した。

 もう1つは、はるかな昔、昭和31(1956)年の小学校1年の時の担任の先生の話。当時は娯楽が全くなかったもので、放課後(授業時間中だったかもしれない)に与太話をよくしてくれた。一本道を走り家路を急いでいると、峠の上で佇んでいるオンナがいる。どういうわけかそこだけ一本の街灯が灯っているんだな、これが。

 で、だんだん近づいていくわけだが、どうやら赤ちゃんを抱いているようだ。さらに近づく。ふと赤ちゃんをのぞき込む。うぉ、顔が半分しかない。で、オンナを見ると、口のあたりにべっとりと血が。。。というパターン。どうも単なる怪談話のようだが。。。この担任の先生はのちに日本脳炎で急死してしまった。

コメントする

このブログ記事について

このページは、J_Ishikawaが2007年4月29日 22:21に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「プードル羊続編―The story was too good to resist」です。

次のブログ記事は「プレステ・山羊の首はね宣伝広告で大騒動―英」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.27-ja
国際ニュース::Ishikawa-News.com