米「反戦の母」が決別の辞―民主、共和の駆け引き利用に不快感
This is my resignation letter as the "face" of the American anti-war movement. This is not my "Checkers" moment, because I will never give up trying to help people in the world who are harmed by the empire of the good old US of A, but I am finished working in, or outside of this system. This system forcefully resists being helped and eats up the people who try to help it. I am getting out before it totally consumes me or anymore people that I love and the rest of my resources.
Good-bye America ...you are not the country that I love and I finally realized no matter how much I sacrifice, I can’t make you be that country unless you want it.
It’s up to you now.
「これは『反戦運動の顔』としての立場に対する私の辞職届けだ。さようならアメリカ。。。あなたは私の愛する国ではない。どんなに犠牲を払ってもあなた自身がそうなろうと思わない限り、かつてのような国にすることは私には無理だ」―イラクで息子が戦死したことをきっかけに反戦運動を展開し、「反戦の母」と呼ばれた米国人、シンディ・シーハンさん(Cindy Sheehan、49)が28日、反戦運動からの引退を宣言。
シーハンさんはAP通信の29日の電話取材でも「普通の生活に戻るためカリフォルニアの自宅に帰る」と語った。
シーハンさんは、冒頭引用のごとく自分のブログで決別の辞を書き記す中で、自分が「売春婦」とか「いなくなればせいせいする」とかのいわれのない中傷を受けたと指摘するとともに、「人々が理由もなく死んでいく問題は、『右か左か』の問題でなく、『正しいか間違っているか』の問題。私たちが、腐った共和、民主の2大政党制に代わる別の制度を見つけない限り、この状況に変化は訪れない」と批判。
また、自分の展開した反戦運動が、共和、民主両党の政治的な駆け引きに利用され、駐留イラク米軍撤退のめどが一向に立たない状況に強い不快感を示している。
シーハンさんの息子ケーシーさん(当時24歳)は、2004年4月にバグダッドで戦死。シーハンさんは05年8月から、ブッシュ大統領のテキサス州クロフォードの自宅農場近くに、ケーシーさんの戦死補償金で土地を購入して住み着き、大統領の自宅農場前などで抗議行動を行っていた。


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