「時をかけた少女」から「時をかけている少女」へのメッセージ―「時をかける少女」考

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 「大停電の夜に」で、豊川悦司演じるかつての恋人を、雪が降りしきる窓ガラス越しに目に焼き付け、夫との生活に戻っていく人妻を静かに演じ切った原田知世。なかなか絵になるシーンだったというわけで、元祖「時をかける少女」(1983年7月公開。大林宣彦監督、原田知世主演。筒井康隆のジュブナイルSF小説「時をかける少女」の最初の映画化作品)を改めてDVDで鑑賞。

時をかける少女時をかける少女
原田知世 尾美としのり 高柳良一

PI,ASM/角川書店 2000-12-22
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 今から20数年前の原田知世デビュー作だから、最初に見たのは確か娘が小学校低学年の時。VHSで借りてきたのだと思う。何気に感じたことは、ああこの時代は、スカート丈は膝小僧まであったのねということだ。セーラー服でなくお下げ髪でもなく、ブレザーの制服で短髪。よって当時の最先端をいく高校女生徒の制服。それにしてこれだ。お世辞にもうまい演技とは言えないが、この年代の女の子がもつ、心の揺れ、もどかしさってのは生硬な台詞の背後から十分伝わってきた。

 これが「花とアリス」での蒼井優演じる今風女子高生、有栖川徹子ちゃんなどとは決定的に違うスタイルだね。

 例えタイムトラベル、タイムリープができたとしても、1人の人間の時間軸の中では、時は必ず流れていく。押しとどめることはできないし、繰り返すこともできない。「人が生きる」ということをリセットすることはできない。流れていく今は1回限りのもの、一期一会を大切にして悔いのない生を生きよう、あなたの愛する人の「時」を大切にしよう―という「青春モノのテーゼ」は同じだが、表現方法は時代差を感じさせる。

 また、「自分に素直になりたい」という思いは同じでも、そのあとの具体的な素直さの内容になると、違ってくるんだなあ。

 2006年7月に、元祖「時をかける少女」から23年後に公開されたアニメ版「時をかける少女」(角川ヘラルド映画)は、私的に元祖「時をかける少女」でヒロインの芳山和子に対し抱いた疑問、要するに、彼女は、恋心を抱いた深町一夫が未来に帰っていったその後をどう生きてきたのかという問いに答えを出しているかにみえた。

 元祖「時をかける少女」の最後の最後、大学に残った芳山和子が、書籍の山を抱えてドアを開けた途端、深町一夫に似た青年に実験室の場所を尋ねられる。彼女も彼も、はっとするが、何の言葉も交わすことなく別れていく。ジエンド。。。となるわけだが、このことをアニメ版「時をかける少女」の中で、芳山和子は姪の紺野真琴に対し、和子と真琴の生き方が違うという事、紺野真琴に対し、「あなたは遅れてくる人がいるなら走って迎えに行くタイプでしょ」とつぶやく。

 芳山和子の後ろの棚には、かつて彼女が出会った深町一夫と写した写真と、元祖「時をかける少女」でタイムリープのカギとなるラベンダーの花が今も飾られている。彼女がいまだ独身である理由に、この出会いが関わっているのかどうかは不明だが、少なくとも原因の1つではあろう。芳山和子と深町一夫は、和子の記憶はなくなってしまっても、必ず戻ってくると約束し、戻ってきたときは和子も一夫であることが分かるということを告げて未来に去っていったからだ。

 「あったことをなかったことにするのは、あたなを好きになった男の子の思いもなかったことにしてしまうのよ」―。この叔母の言葉にうながされて紺野真琴はたじろぐことなく行動に出る。23年の時の流れは、芳山和子の躊躇から紺野真琴の行動・跳躍にジャンプする。かつて「時をかけた少女」から、今の「時をかけている少女」へのメッセージ。

 紺野真琴は駆ける。躊躇もてらいもなく時を飛翔する。この思いを伝えるために。。。間宮千昭も彼女の耳元に囁く。「未来で待ってる」と。「うん、走っていく」と真琴。かつて「必ず戻ってくる」と言った深町一夫。待ち続ける芳山和子。女の子も変わったし、男の子も変わった。それが23年という「時」が提示したものだ。4人の別れに際しての言葉の違いがそれを示している。芳山和子の受動的なタイムリープから、紺野真琴の助走を付けた渾身の3段ジャンプへ。爽快この上ないではないか。

 芳山和子はアニメ版「時をかける少女」で、ある絵画を修復しており、いったんは美術館に飾られたようだがその後取り外されている。未来人である間宮千昭は、その取り外された跡を見て、「これを是非とも見たかった」と紺野真琴に告げている。間宮千昭のいる未来は「火の7日間」の後なのか?この辺りをもう少し表現していてくれたら。。。

 この絵画、菩薩像もしくは天女のように見える。修復に当たっている芳山和子は、「数百年前のあの飢饉と戦争の時代、これが描かれたとは驚き」とだけ述べている。紺野真琴は、間宮千昭に「あの絵とあなたの住んでいる未来と何か関係があるの?」と尋ねているが、その問いに対する答えはなされていない。ただ千昭の時代、流れる川も、空の青さも、雑踏のざわめきもなくなっていることだけが示唆されているだけ。

 そして真琴は、「あの絵がなくならないよう努力するから」と千昭につぶやく。なぜなら、この時代、この場所、この季節を除いて、あの絵があるという記録がないからだ。それを見るためだけに、千昭は未来からやって来て、そして真琴と出会った。。。

 いずれにせよ、映画「時をかける少女」は、アニメ版「時をかける少女」で私的に完結したといえる。今のアニメ版「時をかける少女」世代が、23年前の元祖「時をかける少女」を見てアニメ版のごとく感動するとはとても思われないが、あなた方の父親や母親が、どのように溢れる思いを相手に伝えようと苦悩していたかは伝わってくるはずだ。傑作は傑作を育むのである。

 今から23年後に、仮に「時をかける少女3」が出てくるとしても、私にはそれを見ることはもはやかなわない。あなた方に、そのチャンスがあることを本当に羨ましいと思う。

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このページは、J_Ishikawaが2007年8月29日 15:35に書いたブログ記事です。

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