「デュエリスト」そして「チェオクの剣」―宿命のザ・ラスト・ラブソング
「チェオクの剣」(茶母、ハ・ジウォン、2003年)「デュエリスト」(カン・ドンウォン、ハ・ジウォン、2005年)。いずれも17世紀後半の朝鮮王朝時代、捕盗庁を舞台とする女刑事のラブストーリー。
まず映画「デュエリスト」。肩を揺らして、唇をひん曲げる女刑事、ナムスン(ハ・ジウォン)と悲しい目をした刺客(カン・ドンウォン)がデュエル(Duell、決闘)を通じてのみ心を通わせる。最後、偽金造りの犯罪集団を壊滅させた後、刺客と初めて剣を交えた路地裏で、今は亡霊となって(私的にそう確信する)彼女の前に現れた刺客と、最後のデュエルに挑む。その時、ナムスンの見せる笑顔が、はにかむようで非常に良い。
刺客の手から舞う赤い布。刺客が流した血を象徴しているかのように、既にこの世のものでないかのように、ナムスンの腕と絡む。。。「言いたいことがあったのに」「伝えたいことがあったのに」と技量の限りを尽くして剣を交える2人。亡霊となって想いを伝えようとする名もなき刺客、それに必死で応えようとするナムスン。粉雪が舞う路地裏で2人の感情が双方を包み込む。
このシーンに素直に感情移入できれば、後は何も言うことはない。これストーリーを追ってもどうしようもない映画だし、全体の半分以上がスローモーションというとてつもないもんだから。。。大がかりなミュージックビデオみたいなもんですから。
で、ハ・ジウォンが左捕盗庁の茶母でありながら聡明さと剣術の技量を買われて女刑事チェオクとして活躍するテレビシリーズ「チェオクの剣」全7巻をビデオで観る。彼の国の時代劇を観たのは「デュエリスト」が初めてで、「チェオクの剣」が2回目。チェオクとファンボ・ユン左捕盗庁従事官、盗賊団の首領チャン・ソンベクの15年間にわたる愛と憎悪、宿命の軌跡を描く。
「風とともに去りぬ」のタラのテーマも、「ドクトル・ジバゴ」のララのテーマもそこには流れない。革命と愛、そして宿命、血脈が紡ぎ出す深遠なる悲劇が待ち受けるだけである。高橋和巳の「憂鬱なる党派」、「邪宗門」的な悲劇が、チェオク、ファンボ・ユン、チャン・ソンベクを彩っていく。フォンボ・ユンの己への想いを断ち切る一方で、チャン・ソンベクに惹かれていくチェオク。生き別れた実の兄とも知らずに。。。
陰々滅々としてくるが、確かに感動する。シリーズ開始冒頭で結末は分かってくる。すべてが、シリーズ冒頭に収斂してくる。父が謀反の濡れ衣を着せられ一家離散、官婢となたチェオクの、それは、宿命を背負いながら生き別れた兄を探す心の旅でもある。
「デュエリスト」がスローモーションなら、こっちは涙、涙が大半だ。登場人物は泣いてばかりいる。が、そんなに悪い感じはしない。多用されているワイヤーアクションは、剣を交えている際の彼らの心の有り様を表していると考えるなら違和感はない。
チェオクの剣

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