チェス元世界チャンピオンのボビー・フィッシャー死去―旧ソ連のスパスキーと伝説の名勝負

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REYKJAVIK, Iceland - Bobby Fischer, the reclusive chess genius who became a Cold War hero by dethroning the Soviet world champion in 1972 and later renounced his American citizenship, has died. He was 64.

Fisher died of kidney failure Thursday in a Reykjavik hospital after a long illness, his spokesman, Gardar Sverrisson, said Friday.

Born in Chicago and raised in Brooklyn, N.Y., Fischer faced criminal charges in the United States for playing a 1992 rematch against Boris Spassky in Yugoslavia in defiance of international sanctions. In 2005, he moved to Iceland, a chess-mad nation and site of his greatest triumph.

 チェスの元世界チャンピオン、ロバート・ジェームズ・フィッシャー(Robert James Fischer、通称ボビー・フィッシャー)が17日、腎不全のためアイスランド・レイキャビクの病院で死去。64歳。フィッシャーのスポークスマンが18日公表。冒頭YouTube動画はフィッシャー死去を伝えるテレビ報道。

 米シカゴに生まれブルックリンで育つ。6歳のときにチェスを覚え、1957年インターナショナルマスターとなり、58年グランドマスター。62年国際舞台から引退し、66年復帰。68年再度引退し、70年のソ連対世界戦で再びチェス界に復帰した。

 72年、当時の世界チャンピオンであるソ連のボリス・スパスキーとレイキャビクで対戦、冷戦下の米ソ対決として、「ミサイルをポーンに置き換えた決闘」を展開しスパスキーを破る。米国人がチェス世界チャンピオンになったのはフィッシャーが最初で最後。

 75年、防衛戦の運営をめぐり世界チェス連盟と対立、不戦敗とされてタイトル剥奪処分。その後、長くチェス界から姿を消していたが、92年、突然復帰してユーゴスラビアでスパスキーと再現試合を行ない勝利。しかし、この再現試合で300万ドルの賞金を得たことから、対ユーゴ経済制裁違反として米国で起訴の憂き目に。

 2004年7月、成田空港からフィリピンへ出国しようとしたところを入国管理法違反の疑いで東京入国管理局成田空港支局に収容。05年3月、アイスランド政府がフィッシャーに対して市民権を与える措置をとったため、日本政府はフィッシャーのアイスランドへの出国を許可。フィッシャーは以後アイスランドに滞在していた。

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このページは、J_Ishikawaが2008年1月19日 10:04に書いたブログ記事です。

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