2008年12月アーカイブ

 2008年もあますところあとわずか。サブプライム(低所得者向け高金利型)ローンから始まった米国発の金融・経済危機はとどまるところを知らず、イラク戦争、アフガン情勢ともニュースにならなくなっただけで、その不透明さには変わりはない。8年間続いたブッシュ米政権も09年1月、「最悪」という評価だけを残して終わりを告げる。

 米CNNテレビは26日、ブッシュ大統領の退任を「喜ばしい」とする回答が75%に上ったとする世論調査結果を公表。それによると、この数字は、同様の質問で51%だったクリントン前大統領の退任(01年1月)時よりも24ポイント高く、長引くイラク派兵や深刻な経済危機など、ブッシュ大統領の施策に、米国民は結果として「ノーサンキュー」という判断を下したわけだ。

 調査によると、ブッシュ大統領が「史上最悪の大統領だった」と答えた人は28%で、お粗末との回答も40%に上った。良い大統領と評価したのは31%。支持率は27%で、過去最低水準。大統領退任後も公の場で活動してほしいという答えは33%にとどまり、クリントン前大統領より22ポイント低かった。調査は、19―21日、米国民の成人1013人を対象に電話で行われた。

 無愛想な顔も災いして、法廷闘争も駆使して民主党の大統領候補だったゴア氏を蹴落として01年大統領に就任したブッシュ氏は、そもそもの発端から「凡庸」な大統領と言われた。それが米国民や世界の注目を俄然引いたのは、01年9月の米同時多発テロ直後、現場のニューヨーク世界貿易センタービルのがれきの中で、救出作業に当たる人々を前に"I can hear you"と声を枯らした時である、何かをやってくれるのではないかと人々は期待したからだ。

 国際テロ組織アルカイダとの関連性を錦の御旗に、アフガンを報復空爆してタリバン政権を瓦解させ、さらにはイラク戦争を開始して、フセイン政権を打倒した。ここまでは良かった。圧倒的な強さを見せて04年の米大統領選で再選された。湾岸戦争に勝利しながら1期で終わらざるを得なかった父親ブッシュ元大統領とは大違いである。が、「それ行けドンドン」の掛け声ばかりで、幕引きの頃合いを、ブッシュ大統領、それを取り巻いたネオコンは見いだすことができなかった。

 オバマ次期政権は、この幕引きを見いだすことができるのか?現時点では、できるであろうと期待するほかはない。

 国務長官となるクリントン上院議員は、オバマ次期米大統領の「部下」として本当に働けるのだろうか。オバマ次期大統領に必要な国務長官は、大統領の政策を忠実に実行する部下であり、国際経験豊富な教師ではないからだ。両者とも「テロとの戦い」は完遂すると公言しているが、オバマ次期大統領はイラク戦争開戦に反対し、クリントン氏は賛成した。クリントン氏は、この判断は当時のワシントン政界の誰よりも正しかったと確信しているとされる。

 己の賛成票に断固とした確信を持つクリントン氏と、今大統領選民主党候補指名争いで同氏のこの判断を間違いと攻撃して民主党大統領候補となり、そして結果的に大統領に当選したオバマ氏。クリントン氏はオバマ氏を「未熟」と攻撃したが、その「未熟者」の下で部下として働いていくわけだ。両者とも、その間に溝があることをいわば承知の上での手打ちだが、手打ちしたからといって溝を埋める考えがあることを確認し合ったわけではない。

 オバマ次期大統領が、ベトナム戦争下のニクソン大統領がキッシンジャー大統領補佐官を軸に外交戦を展開し当時のロジャーズ国務長官を完全に「蚊帳の外」に置いた例にならうのではないかと前回指摘した。オバマ次期政権の外交通としては、院外交委員長だったバイデン次期副大統領、留任するゲーツ国防長官がいる。国家安全保障担当大統領補佐官にジョーンズ海兵隊大将だ。これにクリントン国務長官が加わって、オバマ外交が展開されることにる。部外者から見れば、どうしても「集団指導体制による外交」と言わざるを得ない。これにクリントン氏は満足できるのか?

 まあ、満足できるもなにも、「部下」が「上司」の指示働くのは世の常だ。オバマ次期政権でも全く同じ。働くのが嫌ならやめてもらうしかない。国務長官は大統領、副大統領に次ぎ政権内ナンバー3だが、大統領の命令で働く立場だ。クリントン国務長官の時代が長く続くとはどうしても思われないのである。

 オバマ次期米政権の骨格が12月1日公表され、クリントン国務長官、留任するゲーツ国防長官が外交・安保チームの要となることが全世界に示された。大統領選民主党候補指名争いで血みどろの闘いを演じたオバマ、クリントンで、米外交の舵取りがうまくいくのか。直近では、父親ブッシュ大統領とベーカー国務長官が「うまくいった」例。反対に「うまく動かなかった」例は、息子のブッシュ大統領とパウエル国務長官の例が挙げられよう。

 パウエル氏は統合参謀本部議長として父親ブッシュ大統領を支え、ベーカー国務長官とともに1991年の湾岸戦争を成功裏に終結させたが、チェイニーやラムズフェルドらのネオコン系側近を重用した息子のブッシュ現大統領とはそりが合わず、失意のうちに国務省を去らざるを得なくなった。パウエル氏は今大統領選で、共和党でありながらうらみを晴らすかのようにマケイン共和党大統領候補ではなくオバマ氏を支持、民主党のホワイトハウス奪取を助けたのである。

 「うまく動かなかった」例で一番顕著だったのは、第2次世界大戦後ではベトナム戦争下のニクソン大統領とロジャーズ国務長官。ロジャーズ氏は1969年から1973年まで国務長官を務めたが、ニクソン大統領はキッシンジャー国家安全保障問題担当補佐官を重用、名高い「キッシンジャー秘密外交」を駆使してロジャーズ氏を完全に「蚊帳の外」に置いてしまった。ちなみに、このロジャーズ氏とパウエル氏が、外遊の最も少なかった米国務長官の両雄である。

 大統領選民主党候補指名争いでは、オバマ、クリントン両氏とも互いの外交政策を批判した。イラク戦争に反対してきたオバマ氏は、2002年のイラク開戦決議に賛成したヒラリー氏の判断に疑問を投げかけ、対するヒラリー氏は「午前3時、電話に誰が出てほしいか」という選挙広告を流すなど、オバマ氏では有事対応に不安があると印象付けようとした。ヒラリー氏は、オバマ氏がイランや北朝鮮の指導者と前提条件なしに会談する用意があると述べた点をとらえ「無責任で無知だ」と罵倒。

 イラク、アフガンでの「テロとの戦い」が続く戦時下での政権交代。折しもインドのムンバイでは国際テロ組織アルカイダ系によるものとみられる同時多発テロが発生している。大統領と国務長官が争えば、去らざるを得ないのは国務長官である。こういったことを勘案すると、クリントン氏を米外交の顔として祭り上げる一方で、子飼いの側近を補佐官に据えて実質外交に当たらせるニクソン―キッシンジャー方式を取るのか?

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