Egyptの最近のブログ記事
CAIRO (AFP) - A team of US archaeologists has discovered the ruins of a city dating back to the period of the first farmers 7,000 years ago in Egypt's Fayyum oasis, the supreme council of antiquities said on Tuesday.
"An electromagnetic survey revealed the existence in the Karanis region of a network of walls and roads similar to those constructed during the Greco-Roman period," the council's chief Zahi Hawwas said.
エジプト考古学最高評議会のザヒ・ハワス(Zahi Hawass)事務局長29日、同国のファイユーム・オアシスのカラニス地区一帯から、紀元前5200年から紀元前4500年前の人類最初の農耕時代のものと観測される町の遺跡を発見したと公表。
ハワス事務局長によると、電磁波を用いた調査の結果その存在が判明したこの遺跡は、依然として砂にうまったままで、今後発掘調査が続けられる。遺跡には、壁や家屋の一部、多くの壺やオーブンの跡や穀物倉庫などがあるという。カラニスには、ギリシャ・ローマ時代の道路跡や壁の遺跡群がある。
遺跡は、ファイユーム湖の7キロ離れた地点で発見された。
考古学LUXOR, Egypt - King Tut's buck-toothed face was unveiled Sunday for the first time in public - more than 3,000 years after the youngest and most famous pharaoh to rule ancient Egypt was shrouded in linen and buried in his golden underground tomb.
Archeologists carefully lifted the fragile mummy out of a quartz sarcophagus decorated with stone-carved protective goddesses, momentarily pulling aside a beige covering to reveal a leathery black body.
エジプト考古学最高評議会のザヒ・ハワス事務局長(Zahi Hawass)は4日、同国ルクソールにある「王家の谷」のツタンカーメン墳墓内で、黄金のマスクをかぶせて葬られた古代エジプトで最も有名な王ツタンカーメンのミイラの「素顔」を初めてメディアなどに公開。
ツタンカーメン(紀元前1342年頃―紀元前1324年頃、在位:紀元前1333年頃―紀元前1324年頃)は、古代エジプト第18王朝のファラオ(王)。19歳で死亡したツタンカーメンは、古代エジプトで最も若くしてファラオとなった。世界的に知られる純金製の第3人型棺をはじめとする副葬品の大半は現在、カイロにあるエジプト考古学博物館に収蔵されている。
ハワス事務局長は、ツタンカーメンの「素顔」公開に当たり、「この3000年間でツタンカーメンのミイラは初めて安全かつ良好な保存状態を維持できるようになった。ツタンカーメンの墳墓内を訪れる観光客は、彼の「素顔」を自分の目で確かめることができる」と言明、2年前から始められたツタンカーメンのミイラの修復作業の意義を強調した。5日から、一般観光客にも公開される。
ミイラは4日、地下墳墓の黄金の石棺から、気温や湿度を厳重に調整できる樹脂でできた透明のケースの中に移され、保存状態が比較的良い顔と足先の部分だけ、リネンの覆いを取り外されて公開さることになっている。
「王家の谷」にあるツタンカーメンの墳墓は、1922年11月26日に英国のカーナボン卿の支援を受けた考古学者ハワード・カーターにより発見、発掘。ツタンカーメンの王墓は、3000年の時を経たものにもかかわらず、ほとんど盗掘を受けなかったことで知られる。
ツタンカーメンの死因については、病死、事故死、他殺説いろいろ取り沙汰されているが、今もって特定できていない。多神教であった従来のエジプトの宗教を廃し、唯一神アテンのみを祭る世界初の一神教を始めたアメンホテプ4世の後継ファラオにもかかわらず、多神教アモン=ラーの信仰を復活させ、自らをトゥトアンクアメン(アモン神の生ける似姿)と改名した。また、首都をアマルナからテーベに戻した。
考古学
