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オバマ米大統領が1月27日、上下両院合同会議でホワイトハウス入り後2年目の内外諸政策を示す一般教書演説。「CHANGE」、要するに変革もしくは改革、刷新を掲げてホワイトハウスの住人になったものの、この「CHANGE」が思い通りに推移していないことを確認。「多くの米国民にとって、『CHANGE』は十分なものではなかった。多くの人々は失望し怒っている」とは本人の弁。深刻な不況や高い失業率を念頭に、2010年の最優先課題が雇用であることを再確認するものだった。
あおりをくってぶっ飛んだ言葉が「日本」。沖縄県の普天間米軍飛行場移設問で迷走を続ける日米関係だが、両国関係は、米外交・安保政策の要の1つであるはず。「テロとの戦い」に関しても、「太平洋地域から南アジア、アラビア半島までの国々との関係を強化してきた」と指摘しはしたが、ここでも日本という言葉はなし。自由貿易協定(FTA)を念頭にした雇用対策でも、韓国、パナマ、コロンビアとの関係強化をうたっただけで、日本には触れず。
多くを国内経済問題に割いた演説でも、そもそも諸外国の国名が挙げられることは非常に少なかった。が、米国がより積極的な経済政策を打ち出すべきだとした流れの中では、中国、ドイツ、インドをわざわざ引き合いに出し、「中国、ドイツ、インドもただ手をこまねいて経済の改善を待ってはいなかった。米国がその後塵を拝することは断じてない」と断言し、米国は負けないとした。国内総生産(GDP)が米国に次いで世界第2位の日本は鼻も引っかけてもらえなかった。
オバマ大統領にとっては、今回の一般教書演説は、大統領就任後初めての教書演説。結局のところ、1)雇用の創出と財政赤字の改善を最優先課題とする2)今後5年で対外輸出を倍増、200万人の雇用を支援する3)核なき世界を追求し、4月に「世界核サミット」開催を目指す。核兵器がテロリストの手に渡ることを拒否4)この観点から、北朝鮮とイランはさらなる孤立と制裁に直面―が骨子。雇用に関しては超党派の協力態勢を議会側に要請したことになる。
オバマ大統領とは対照的に、日本にたびたび触れたのが共和党のブッシュ前大統領。例えば、07年1月の一般教書演説では「米国は中国、日本、韓国のパートナーとともに、朝鮮半島の非核化を達成すべく集中的な外交を遂行している」と述べている。
負けてはいられない国の中に入らなかった日本だが、さまありなんという気がしないでもない。右を向いても左を見ても「真っ暗闇じゃあござんせんか」なのだから。。。
2003年3月開始されたイラク戦争の米軍将兵戦死者が、09年12月22日の段階で4370人に達した。この中には9人の米軍属民間人が含まれており、少なくとも3477人が作戦中に受けた敵対行動による戦死者。AP通信の推計。また米国防総省週間速報によると、この間の米軍将兵負傷者は3万1603人。「非対象の戦争」の典型とされ、21世紀型紛争である「テロとの戦い」の原点と化したイラク戦争は、こうして開戦8年目に入ることになった。
オバマ米大統領は09年2月27日、ノースカロライナ州ジャクソンビル近郊の海兵隊基地「キャンプ・レジューン」における演説で、イラク戦争終結に向け、14万人超の駐留米軍のうち、戦闘任務に就いている10万人前後を10年8月末までに引き揚げると表明。主に非戦闘任務に従事する3万5000人―5万人規模の部隊は残すが、11年末までに全面撤退させる。
ブッシュ前政権が始め、冒頭述べたように4300人超の米軍将兵と膨大なイラク人死者を出したイラク戦争の終結に向けた取り組みが本格化したわけで、メディアに登場するイラク戦争関連のニュースが極端に減ったのも無理はない。米国は、イスラム原理主義勢力タリバンが復活し、国際テロ組織アルカイダ幹部が国境地帯に潜伏するとされるアフガンに軍事作戦の軸足を移すことになる。
この点に関し、オバマ大統領は12月2日午前(日本時間)、ウエストポイントの陸軍士官学校で「アフガン駐留米軍を3万以上増派する」と正式発表。増派の規模が3万以上に上ることは、ホワイトハウス当局者がこれまでにリークしていたが、同大統領自らの口から公にされたのは初めて。アフガン駐留米軍の規模は現在6万8000人。したがって、1.5倍もの大増派である。撤退開始時期は11年7月。これでアフガン駐留米軍は約10万人という態勢になる。
他方、アフガン駐留米軍のマクリスタル司令官は12月12日までに、オバマ大統領の3万人増派、11年7月の撤収開始という設定に触れ、「これ以上の追加派兵はもうないということだ」との認識を表明。CNNとの会見で述べたものだが、撤退開始の時期発表は、アフガン軍が自国の治安維持で主導権を握るための努力を一層傾注することを促したものとも語った。
実現可能かどうかはともかく、オバマ大統領のこのアフガン新戦略を受けた米軍、および約7000人の増派を発表した北大西洋条約機構(NATO)主導の国際治安支援部隊(ISAF)は今後、撤収を早めるためにも、アフガン軍、警察の訓練、育成を強化する方針。
これで、01年9月11日の米同時多発テロに端を発した「テロとの戦い」は、ともかくも11年いっぱいで米戦闘部隊がイラク、アフガンのいずれからも撤退するという道筋が立ったわけだ。この間の10年をどう評価すべきか、歴史はまだ評価を下していない。
膨大なご祝儀報道とともに登場したオバマ米民主党政権と鳩山由紀夫民主党政権。共にこのところ旗色が悪い。オバマ大統領のノーベル平和賞受賞演説は、「希代の名演説」だそうだが、ただそれだけ。演説で政治はできまい。鳩山首相はといいうと、就任当初の持ち上げ報道とは裏腹に、右へ左へと迷走を続け、腰の定まらないことおびただしい。で、戦後の日本外交を規定した日米同盟関係が、危機的状況に陥っている。
なぜか。言わずと知れた米軍普天間飛行場の移設問題が決着をみていない点にある。普天間飛行場(Marine Corps Air Station Futenma)は、沖縄県宜野湾市に立地する米海兵隊の飛行場。通称は普天間基地(MCAS FUTENMA)で、地元宜野湾市民は単に「基地」と呼ぶ。2700メートルの滑走路を持ち、嘉手納基地と並んで沖縄における米軍の拠点となっている。
日米合意に基づくキャンプ・シュワブ(沖縄県辺野古)沿岸部への移転について検討が続き、米側はは早期履行を求めているが、県内移設に関しては、沖縄県民を中心に反対論が根強くいまだ決着が付いていない。鳩山首相は米国、沖縄、連立のいずれも大事というのが持論で、移設先を明示しないで結論を先送りしたいというのが本音。解決への道筋をあいまいにし続けていることが米国、沖縄、連立与党との間に不信感を生み、さらに解決を難するという悪循環だ。
ついには、ホワイトハウスのギブズ報道官が9日、普天間飛行場移設問題に関し日本側が実現を模索しているデンマーク・コペンハーゲンでの日米首脳会談について、応じないと拒否の姿勢を明確化するまでになった。同報道官は「(首脳会談は)数週間前に行った。協議は、駐日大使らが進展に向け、適切に行っている」と述べるにとどまり、不快感を滲ませたそうな。「歴史的な訪問」と称されたオバマ大統領の訪日が終わったばかりなのだから、何をいまさらということだろう。
日本政府は、18日にコペンハーゲンで開かれる気候変動に関する首脳会議にあわせて、鳩山首相が、普天間基地問題に関する日本政府の考え方をオバマ大統領に直接伝えたいとしていた。
加えて、米国務省高官は、日本の防衛省が新たに普天間移設そのものを見送る案を検討するなど、鳩山政権のこの問題に関する決断が遅れていることについて、「検証が長引けば、基地移転に影響が出るだろう」と、米政府内にいら立ちの声が高まりつつあることを示唆した。
それでなくても、先に行われたニュージャージー、バージニア両州の州知事選では、共和党が勝利し、オバマ大統領の経済政策が米有権者の間で極めて不評であることを印象付けている。へたに日本に譲歩すれば、足下が危うくなるというのが米側の本音。「鳩山政権は、来夏の参院選までもつのか」という不信感もそこにはある。
オバマ米大統領が13日夜初訪日。1974年(昭和49年)のフォード大統領訪日以来、カーター、レーガン、父親ブッシュ、クリントン、息子ブッシュと続いた歴代の米大統領公式日本訪問も、もはや恒例行事と化した。1960年に戦後初訪日する予定だったアイゼンハワー大統領は、事前調査のため訪れたハガチー大統領報道官が、60年安保に絡んで反米デモ隊に乗っていた車を包囲され、結局米海兵隊のヘリコプターで脱出するという事件を受けて訪日を中止してしまった時代からみると、まさに隔世の感。
オバマ大統領は翌14日、都内で行った演説で、「(北朝鮮と)近隣諸国との国交正常化は、日本の拉致被害者の家族が全面的な説明を受けて、初めて可能になる」と拉致家族問題について初めて公式に言及、拉致問題の解決に奔走する日本側に配慮。これは大きな前進だ。まあ、他はたった一泊の滞日日程しかなかったのだから、首脳同士の信頼構築という決まり切った行事を何とか乗り切ったという感じしかしない。「密度の濃い議論ができた。バラクとユキオという呼び方も定着してきた」のだそうな。
確かに、オバマ大統領はアジア歴訪の最初の訪問国に日本を選んだ。が、日本はたったの1泊だ。15日からの訪中では、3泊滞在。滞在時間が必ずしも密度の濃い薄いの尺度となるわけではないが、釈然としないのも事実だ。オバマ大統領の「大仏より抹茶アイス」という幼少時の訪日体験話に、大きな紙面を割いている場合ではないのである。鳩山民主党政権という「未確認飛行物体」に直接相手の地で会って、値踏みしてやろうという米側の思惑が、あちこちに見え隠れしている。
政権交代は民主主義にとっての必然である。日本も米国も、事情は同じである。オバマ大統領にとっては、日本の民主党そのものに不安がある訳ではない。自公政権下でも、3人連続で首相が1年で職を投げ出し、普天間基地などの問題を前進させることができなかった。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)移設問題で結論を先送りする一方、軍事面での日米協力強化につながる、「核の傘」による「拡大抑止」などの協議を開始するのだそうな。日米同盟の在り方をめぐり米側が期待するメニューを小出しした感じ。
オバマ政権は内政では医療保険改革等で保守層から批判を浴び、また安全保障ではアフガンでの対テロ戦争の成果がおもわしくなく、その支持率は4割を切ったとされる。では、その対処策はというと、かんばしいものが何もない。空疎な念仏が唱えられるばかりである。だからこそ、鳩山政権に対する値踏みが必要だったのだろう。有り体に言えば、米国も日本も、現政権が長続きするという保証は、今のところ何もないのである。嗚呼というため息が漏れるばかりである。
「テロとの戦い」、イラク戦争と「米国の世界認識」をアラブ・イスラム圏に押しつけて極めて評判が悪かったブッシュ前政権に代わり、「新たな関係再構築」を目指して動き出したオバマ米大統領が3日のサウジ訪問を手始めに、4日にはエジプトの首都カイロを訪問、同地のカイロ大学で、「世界のイスラム教徒と米国との新たな(関係の)始まりを求める」旨を骨格とする大演説をぶった。
他方、カタールの衛星テレビ局アルジャジーラは3日、国際テロ組織アルカイダ指導者ビンラディンのものだとする録音テープを放送。このテープは、オバマ大統領がサウジに到着した直後発表されたもので、テープの中でビンラディンとされる人物は、パキスタンでの武装勢力掃討作戦を米国の「命令」と主張、同大統領が「米国への憎しみと報復の新たな種をまいている」と非難。
ブッシュ前政権の対イラク政策を強く非難してホワイトハウス入りしたオバマ大統領だが、「テロとの戦い」に関しては「完遂」することを確約しており、クリントン国務長官ともども、この点では米国の政策に揺るぎはない。ビンラディンが生きていればの話だが、オバマ大統領とビンラディンの最初のジャブの応酬がここに開始されたわけだ。はるか東方では北朝鮮がミサイルをぶっ放すし、剣呑な世界ではある。
それはともかくとして、オバマ大統領はカイロ大学での演説で、インドネシアというイスラム世界で育った自分の体験を踏まえ、互いの差異より共通点に目を向け、「パートナー」として世界の平和と繁栄に責任を果たそうと呼びかけて、「相互の利益と敬意」に基づく関係強化を強調。
その上でオバマ大統領は、中東における米国の強固な同盟国イスラエルによる「パレスチナ人の苦しみが続く現状は認められない」と断言。パレスチナ側に暴力放棄を求める一方で、イスラエルによる占領地でのユダヤ人入植地建設は「受け入れられない」とし、双方に自制と譲歩を要求。
また、占領地の返還などと引き換えにイスラエルとの関係正常化を提示したアラブ側の和平構想(アブドラ・サウジ国王が2002年に初めて提示)を「重要な出発点」と評価。
さらに、イスラエルが極めて危惧するイランの核問題では、イランに対し、核問題などでの無条件の対話再開を呼び掛て「中東での核軍備競争を防ぐ」ことを改めて主張。その上で、同大統領は、核拡散防止条約(NPT)の枠内での原子力の平和利用に関しては、イランがこれを追求することに反対しない旨宣言した。
また、民主主義や女性の権利、言論や宗教の自由などへの強い支持も表明。アラブ各国独自の改善への取り組みを尊重する姿勢を示した。
まあ、このカイロ演説だが、米国の対中東政策を披瀝したというよりも、オバマ大統領自身の、仮に「文明の衝突」なるものがあったとしたら、それをいかに食い止めるかの意欲表明に近い。政治性よりも倫理的、哲学的側面が目立つものだ。「その言やよし。では具体的にどうするのか?」という点が今後とも問われているわけだが、この面では依然として不透明である。
オバマ大統領オバマ政権誕生で、ブッシュ前大統領を支えた米国の政権内にいた共和党系保守派は、極左から極右に転向したネオコン(新保守派)を含め、いずれも野に下った。その中で、反オバマの論客として気をはいているのが父親ブッシュ、息子ブッシュと2代にわたってこれを支えたリチャード・ブルース・チェイニー氏だ。1941年1月生まれの68歳。国防長官として湾岸危機・戦争を克服し、副大統領としてイラク戦争に臨む。ごりごりの保守派だ。
そのチェイニー前副大統領、副大統領時代は一貫して黒子に徹し、決して表に出ることはなかったが、野に下って以降は、メディアに積極的に登場、反オバマの論陣を張り始めた。10日には米CBSテレビの番組に登場し、過酷な尋問方法を使ったとしても、それによって国際テロ組織アルカイダのテロ容疑者から引き出した情報は、「おそらく数十万人の米国民の命う上で役立った」と豪語。水責めに象徴される「拷問系尋問法」を正当化した。
チェイニー前副大統領は、「後悔はしていない。まったく正しいことだったと思っている。容疑者の抵抗を打ち破るために必要不可欠のものだった」と強調。その上で、同前副大統領は、「アルカイダが米国の都市に核攻撃を計画していた」との主張を繰り返すとともに、「数千人、数十万人の米国民の命を救ったと全面的に確信している」と断言。同前副大統領はこの後、21日もワシントンでの講演で、同趣旨の反オバマの論を張った。
このチェイニー・ワシントン講演の直前、オバマ大統領は目と鼻の先のワシントンにある国立公文書館で演説し、グアンタナモ米海軍基地(キューバ)のテロ容疑者収容所閉鎖を公約通り実行することを強調、閉鎖を巡っては、共和党だけでなく民主党内にもも収容者が米本土に移送されることへの懸念を強めている現況に触れた上で、同大統領は、収容所が「自由と正義」に基づく米国の憲法と法の支配を著しく傷つけたと指摘した。
グアンタナモ米軍基地に関しては、前回のニュースで詳しく触れたので再掲はしない。グアンタナモの収容所に収容されているテロ容疑者は現在240人。オバマ大統領は演説で、容疑内容によって1)連邦裁判所での審理2)軍事法廷での裁判3)裁判所の決定による釈放4)本国や第三国への送還―などのケースがあると指摘。いずれの場合でも「容疑者を厳重に警備された施設に移し、米国の国家安全保障にとって危険な人物は決して釈放しない」とチェイニー系の反論に「再反論」。
静かな隠退生活を送っているブッシュ前大統領に対し、昔も今も最も嫌われている政治スタイルを持っているのが、チェイニー前副大統領だ。が、ブッシュ前政権で次席補佐官を務めたカール・ローブ氏を懐刀の1人として抱える同前副大統領の反オバマ論に関し、民主党系の論者が反感を抱くのは当然だが、共和党内でも思いは複雑だ。。「チェイニーが共和党の顔として動くことは、災い以外の何物でもない。彼はただの銃を持った不機嫌な老人だ」という声すらある。
米CNNの21日の世論調査では、チェイニー前副大統領に「賛同する」人は37%に過ぎないが、今年1月から8はポイント上昇している。いずれにせよ、チェイニー副大統領が例え「不機嫌な老人」だったとしても、この「不機嫌」がどこからきているのか、単なる痴呆の前触れか、それとも彼を「不機嫌」と断定する周囲の方がおかしいのか、精査すべきだろう。
チェイニー前副大統領グアンタナモ米軍基地。1898年の米西戦争で米軍がスペインから奪取した現キューバ東南部グアンタナモ湾にある米海軍の基地だ。面積116平方キロ。米国の援助でスペインから独立したキューバは1903年、グアンタナモ基地の永久租借を米国に認可。主権はキューバにあるが、米国が永久的に利用(革命キューバはこれを非合法としている)。キューバ国内でも米国内でもなく軍事法廷のみが許される特殊区域だ。
2001年のアフガン報復空爆以降、タリバンや国際テロ組織アルカイダのテロリスト容疑者が収監されたことで世界的に一躍有名となり、米国の進める「テロとの戦い」の暗い部分を象徴する施設となっている。収監されている連中が一体「捕虜」なのか、それとも「犯罪者」なのか不明なためで、米国のブッシュ前政権、オバマ現政権とも時と場合によって両者を使い分けているのが実情。
が、ともかくもオバマ大統領が、大統領選時代から、グアンタナモ基地や米軍の管理下に当時あったイラクのアブグレイブ刑務所で、米当局がイラク人テロ容疑者を裸にしたり、首に革ひもを巻きつけたりしたいわゆる「虐待写真」なるものが流出したことから、これを「容認できない」として徹底調査を公約に掲げてきたことは周知の事実。ところが人間社会では、厳しい現実を前に建前と本音の乖離が顕在化するのが実際のところで、オバマ大統領とて例外ではない。
オバマ大統領はまず13日、ブッシュ前政権時代にグアンタナモ基地をはじめとするイラクやアフガンのテロ容疑者収容施設で行われた米兵による収容者虐待を調査した写真の公表を取りやめを決定。同大統領は記者団に対し、決定理由について「反米感情を刺激し、米兵士を危険にさらすことになる」と説明した。
さらにオバマ大統領は15日になって、120日間の審理停止を命じていたグアンタナモ基地の特別軍事法廷でのテロ拘束者の審理を再開すると発表した。オバマ大統領は声明で、特別軍事法廷を「米国を守るためには最善の方法だ」と支持。再開に当たり、①非人道的尋問で得られた証拠の不採用②伝聞証拠の制限③証言拒否の保護―などの改善策を導入する考えを示した。
案の定、人権団体からは「オバマ大統領は公約違反」の大合唱だ。加えて15日、中央情報局(CIA)とペロシ下院議長(民主党)との間で、「拷問」を象徴するいわゆる「水責め」に関し、その現況を「(ペロシ議長に)報告した」、いや「報告を受けていない」と互いに相手をけなし合う内紛が発覚。ペロシ議長は、拷問問題でブッシュ前政権批判の急先鋒だっただけに、初めから拷問の実態を知りながら黙認し、放置していたのではないかというわけだ。
軍を掌握するオバマ大統領が、「テロとの戦い」という現実を前に、国益最優先の「右旋回」を繰り返すことは今後とも続くだろう。ブッシュ批判をしているだけでよかった時代は既に戻ってこない。うまく舵取りをしないと、民主党内部のリベラル派、人権団体などの左派陣営は、雪崩を打って反オバマに傾いていく可能性がある。かといって左派におもねれば、保守派が黙ってはいない。さてどうするか。
グアンタナモオバマ米大統領は4月21日、ヨルダンのアブドラ国王とホワイトハウスで会談、中東和平交渉の停滞を打破するため、米国が「深い関与」を進める方針を表明した。同大統領は会談で、イスラエルのネタニヤフ首相、パレスチナ自治政府のアッバス議長、エジプトのムバラク大統領を近く個別に招き、イスラエルとパレスチナの2国家共存案の実現に向け説得を図る方針を明らかにした。が、肝心要の当事者にその気は全くない。
まず、イスラエル国会(クネセト)が3月31日深夜(日本時間4月1日早朝)承認した右派リクードのネタニヤフ党首率いる新内閣。これまでの2国家共存によるパレスチナ和平実現策を「機能していない」と切り捨て。ネタニヤフ氏は約10年ぶり2回目の首相就任。外相には極右「わが家イスラエル」のリーベルマン党首、国防相には労働党のバラク党首が就任した。
国会の信任投票では、全120人のうち69人が新たな連立政権の承認に賛成した。労働党の一部議員は政権参加に反対し、欠席したとみられる。
ネタニヤフ氏は国会承認に先立ち演説し、「過激な政権が核武装しようとしている」とイランの脅威を強調。が、パレスチナ和平については、米国など国際社会が唱えるパレスチナ国家樹立にはついに言及せず。
オバマ大統領が中東和平実現の切り札として送り込んだミッチェル米中東特使は4月17日、パレスチナ自治区のヨルダン川西岸ラマラでアッバス議長と会談した。現地からの報道によるとアッバス氏は、米国が右派主導のネタニヤフ新政権に対し、パレスチナ国家樹立による「2国共存」案を受け入れ、占領地でのユダヤ人入植地拡大を凍結するよう圧力をかけるべきだと訴えた。
これに先立ち、ミッチェル氏は4月16日にネタニヤフ首相と会談、同首相はパレスチナ自治政府との和平交渉再開の条件として、パレスチナ側が拒否してきた「ユダヤ人国家」としてのイスラエルの承認を求めた模様だ。
いずれにせよ、イスラエル側が、核開発を進めるイランを最大の域内不安要因と規定し、イスラエル建国後半世紀以上にわたって中東政治の眼目だったパレスチナ問題は、少なくともネタニヤフ政権下では脇に押しやられた形。
オバマ政権がいかなる説得に動こうと、ネタニヤフ政権が「オスロ合意」以降の2国家共存を強く推進するとは全く思われない。パレスチナ和平は今、大きな停滞期に突入したといえる。
中東和平米国にオバマ民主党政権が誕生した。米史上初の黒人大統領の就任式直前、ガザに侵攻してイスラム原理主義勢力ハマスを叩きに叩いていたイスラエルが一方的停戦、これを受ける形で、ハマスも軍事行動をやめた。米国民が自国の新たな国家元首にお祭り騒ぎを繰り広げるのは当然だが、日本のメディアがご祝儀のような報道を展開するのは毎度のことながら辟易する。
米議会は1月8日の上下両院合同会議で、2008年11月の大統領選を受けて、12月に行われた計538人の選挙人による投票の公式集計を行った。その結果、民主党のオバマ大統領候補、バイデン副大統領候補が365票を獲得、173票だった共和党のマケイン、ペイリン正副大統領候補を破ったことを公式に確定。
この20日に第44代大統領に就任したオバマ氏は結局、ニューヨーク州、カリフォルニア州など民主党の地盤に加えて、フロリダ州、ペンシルベニア州、オハイオ州などの激戦州や、共和党が伝統的に強いノースカロライナ州でも勝利してホワイトハウス入りしたわけだ。
が、このお祭り騒ぎをよそに、米国は大恐慌以来最長のリセッション(景気後退)に向かっている。経済の約7割を占める消費、そして景気悪化の元凶である住宅市場が上向く兆しは乏しく、エコノミストの間ではマイナス成長が09年第2・四半期まで続くとの見方が支配的だ。失速を続ける米経済の着地点はまだ見えない。
他方、「史上最悪」の評価を残して去っていったブッシュ前大統領は本当に最悪だったのか。これまで最悪とされていたのはウォーターゲート事件で辞任したニクソン元大統領。だが、ニクソン共和党政権が、南ベトナムで示したがんばりがあったからこそ、北ベトナムの脅威と共産主義の伸張を彼の地で食い止め、東南アジア全域が共産化されるのを防いだのではないか?
非難されるべきは、ニクソン共和党政権率いる米国との間で結んだベトナム和平ジュネーブ協定をほごにし、軍を南ベトナムに進め、「民族独立」の美名の下にサイゴンを制圧した北ベトナムの共産政権である。彼の地で戦死した米軍将兵は、決して犬死にしたわけではなく、東南アジアの現在の繁栄の礎となった。そして世界史的には、ソ連邦を崩壊させ、米ソ冷戦を終わらせる先兵となったのだ。
ブッシュ政権の場合も、本当の意味では今評価を下せる段階にはない。真珠湾以来の米本土攻撃となった01年の同時多発テロを受けてブッシュ政権が発動し、今も続いているアフガン、イラクでの戦いがもしなかったとしたら、国際テロ組織アルカイダに象徴されるイスラム原理主義との闘いはどうなっていたのか?
オバマ大統領に対するご祝儀報道とは別に、冷静な分析が必要とされる。
オバマ政権2008年もあますところあとわずか。サブプライム(低所得者向け高金利型)ローンから始まった米国発の金融・経済危機はとどまるところを知らず、イラク戦争、アフガン情勢ともニュースにならなくなっただけで、その不透明さには変わりはない。8年間続いたブッシュ米政権も09年1月、「最悪」という評価だけを残して終わりを告げる。
米CNNテレビは26日、ブッシュ大統領の退任を「喜ばしい」とする回答が75%に上ったとする世論調査結果を公表。それによると、この数字は、同様の質問で51%だったクリントン前大統領の退任(01年1月)時よりも24ポイント高く、長引くイラク派兵や深刻な経済危機など、ブッシュ大統領の施策に、米国民は結果として「ノーサンキュー」という判断を下したわけだ。
調査によると、ブッシュ大統領が「史上最悪の大統領だった」と答えた人は28%で、お粗末との回答も40%に上った。良い大統領と評価したのは31%。支持率は27%で、過去最低水準。大統領退任後も公の場で活動してほしいという答えは33%にとどまり、クリントン前大統領より22ポイント低かった。調査は、19―21日、米国民の成人1013人を対象に電話で行われた。
無愛想な顔も災いして、法廷闘争も駆使して民主党の大統領候補だったゴア氏を蹴落として01年大統領に就任したブッシュ氏は、そもそもの発端から「凡庸」な大統領と言われた。それが米国民や世界の注目を俄然引いたのは、01年9月の米同時多発テロ直後、現場のニューヨーク世界貿易センタービルのがれきの中で、救出作業に当たる人々を前に"I can hear you"と声を枯らした時である、何かをやってくれるのではないかと人々は期待したからだ。
国際テロ組織アルカイダとの関連性を錦の御旗に、アフガンを報復空爆してタリバン政権を瓦解させ、さらにはイラク戦争を開始して、フセイン政権を打倒した。ここまでは良かった。圧倒的な強さを見せて04年の米大統領選で再選された。湾岸戦争に勝利しながら1期で終わらざるを得なかった父親ブッシュ元大統領とは大違いである。が、「それ行けドンドン」の掛け声ばかりで、幕引きの頃合いを、ブッシュ大統領、それを取り巻いたネオコンは見いだすことができなかった。
オバマ次期政権は、この幕引きを見いだすことができるのか?現時点では、できるであろうと期待するほかはない。

